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【国際連合食糧農業機関(FAO) 駐日連絡事務所】 作物の生物多様性がもたらす恩恵

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FAO食料・農業植物遺伝資源条約事務局長 ケント・ンナドジィによる寄稿

私たちが多種多様な作物を手にできることの恩恵は計り知れず、 その恩恵は、 明らかなものもあれば、 そうでないものもあります。 作物の生物多様性とは、 農業で使用される植物の多様な種類と、 個々の栽培植物の遺伝的多様性の両方を意味しており、 実に膨大です。 例えば、 ジーンバンクに保存されているコメは10万以上の種類があります。

作物の生物多様性は、 多種多様な食料と、 さまざまな栄養素を私たちにもたらしてくれます。 また、 長きにわたり、 農家の暮らしを支え続け、 新しい、 より抵抗力のある品種を開発するために必要な素材を植物育種家に提供しています。 私たちが食する作物の品種や系統は、 何千年もかけて、 病害虫や気候の変化に抵抗する特性を備えてきました。 即ち、 作物の生物多様性は、 食料安全保障の基盤であり、 農作物を環境の変化や病害虫からまもる、 いわば「自然の保険」のようなものです。

より多くの種類の作物を栽培することは、 気候変動や飢餓・貧困撲滅への対応をより強化することになります。 反対に、 数少ない種類の作物しか栽培しないと、 特に、 突然の気候異変や、 干ばつ、 洪水、 植物病害などで、 栄養価の頼みとしている数少ない作物が被害にあうなど、 私たちはより一層脆弱になります。 ゆえに、 自然の遺産である生物多様性を保全することはとても重要なのです。

しかし、 残念ながら、 動植物の生物多様性が急速に失なわれているのが今日の現状です。 20世紀だけでも、 作物の生物多様性において、 前例のないほど遺伝資源が失われています。 その結果、 世界中で長年にわたり、 何世代もの農家や育種家が選び抜いて得られた栽培植物の様々な特性-猛暑や極寒に耐えたり、 干ばつや洪水の発生するような環境や土地で育つ力、 病虫に抵抗する性質-が失われているのです。 作物の品種はひとたび消滅すると、 二度と取り戻すことはできません。 つまり、 増加する人口の食料供給を満たすため、 数少ない種類の作物の、 より少数の品種に頼らざるを得ないということになります。 これは、 私たちの現在及び将来の食料安全保障に対する深刻な脅威であり、 この農業生物多様性の消失を食い止めるため、 今すぐ対応しなければならないのです。

幸運なことに、 これに対して対応する手立てがあります。 国連食糧農業機関(FAO)は、 「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(International Treaty on Plant Genetic Resources for Food and Agriculture: ITPGRFA)」を通じて、 世界中の農家やパートナーと協力し、 植物遺伝資源の保全及び持続可能な利用に努めています。 植物遺伝資源の最も根本的な形態は種子であり、 我々は、 この貴重な資源を持続的に利用し、 未来の世代のために保存していく必要があります。 遺伝資源は、 関連情報と共に提供されると、 研究者や育種家にとってその価値が高まります。 実際、 科学者たちは、 先端的な研究に使うために、 何千種類の作物の種子情報を活用しています。

事実、 近い将来、 今よりさらに厳しい環境下で、 増加する人口のために、 より多くの食料を生産する必要があります。 世界人口は、 2050年までに90億人を超えると予測されており、 90億人を養うには、 世界の農業生産は70%の増加が求められています。 そのためには、 より持続可能な作物の生産システムを構築し、 今より収量を上げ、 より抵抗性が高く、 気候変動の影響に対応する新しい作物を開発しなければならないのです。

そのためには、 作物の多様性の基盤となる貴重な植物遺伝資源の多様性を保全し、 確保し続け、 食料・農業生産に関わる世界中のすべての人々が植物遺伝資源を容易に取得し、 利用できるようにする必要があります。 この目的達成のため、 食料・農業植物遺伝資源条約は、 国際的な協力の枠組みを提供し、 全ての人々が食料安全保障を等しく享受できるよう努めています。 現在、 条約加盟国は144か国で、 貴重な植物遺伝資源の保全や共有、 持続可能な利用に努め、 現代と未来の世代がこの自然の恵みを享受できるよう協力しています。

今日、 すべての国が、 食料供給において他国に依存しており、 「土着」の作物のみで食料を得ている国はひとつとしてありません。 事実、 世界平均で、 国内食料を支えている3分の2以上の作物は、 元来は国外、 多くは遠方から来たものです。 例えば、 日本の食生活の主食で、 またほぼ間違いなく最も重要な人類の食料作物のひとつであり、 今日、 世界中で最も食されているコメは、 東南アジアが起源地です。

他国同様、 日本もまた、 他の地域を起源とする作物の遺伝資源多様性に依存しています。 日本で生産・消費されている主要食料作物のうち、 例えば小麦やニンジンは、 中東の「肥沃な三日月地帯」(エジプト、 イラク、 トルコ、 レバノン、 シリア等)が起源地となっています。 食料・農業植物遺伝資源条約の「多数国間制度」のような国際的な仕組みを通じて、 日本も、 海外にある植物遺伝資源にアクセスし、 病虫害や気候の悪化により抵抗力のある作物や、 収量が多く、 美味しく、 栄養価のより高い作物を開発することができるのです。

国々の相互依存が非常に進んだ今日において、 各国は、 他国と協力して、 農業生産の保護と自国の食料安全保障の強化のために最も必要である植物遺伝資源にアクセスしていく必要があります。 食料・農業植物遺伝資源条約は、 各国が、 新しい作物品種の開発に必要となる植物遺伝資源の多様性にアクセスできることにより、 将来のさまざまな課題に対処できるよう地球規模の解決策を提供しています。 144の加盟国は、 共通の規則と制度の下、 種子とその重要情報を含めた植物遺伝資源を共有しています。

作物の生物多様性があることにより、 人類と動物は、 食料と栄養を入手することができます。 すなわち、 私たちの栄養及び食料の安全保障を確保しているのです。 しかし、 私たちは、 それを当然のことと思いがちです。 例えば、 スーパーマーケットに行けば、 多種多様な食料があって、 そこから選ぶことができることを想定しています。 あるいは、 ご飯や麺、 野菜や果物など、 食べたい時に手にすることができると思っています。 しかし、 多様な食事の基盤は急速に失われてきており、 私たちは、 多様性の消失を食い止めなければならないのです。 英国ガーディアン紙の環境問題編集者であるダミアン・カリントン氏は先日、 「気候の変化は、 何百・何千年とかかるかもしれないが、 元に戻すことができる。 しかし、 種が一旦消滅すると、 特に、 科学的に知られていない種である場合、 それを元に戻すことは不可能である」と述べました。 私たちは、 作物の生物多様性を保全し育成するため、 今すぐ行動を起こさなければなりません-私たちと未来の世代のために-全ての人々が公平と食料の安全保障を享受できるように。